【山岳修行|大峯山寺】日本修行場めぐり(奈良県天川村)

日本修行場めぐり

今までこのシリーズで
様々な過酷な修行ロケを体験してきましたが、
今回はその中でも
体力的に最も厳しい修行になりそうです。

霊峰大峯山

奈良県天川村の大峯山での修行。
標高850メートルの洞川温泉から
山上ヶ岳の山頂、標高1719メートルにある
大峯山寺を目指します。

大峯山は修験道の開祖役行者
開いた修行場です。

標高850メートルから1719メートルまで登ります

母公堂

母公堂
母公堂
天川村(奈良県)が運営する公式観光サイトで&#1237...

出発地点は母公堂ははこどうです。

飛鳥時代の話ですが、
役行者がこの大峯山で修行をしていると
母親が心配して様子を見にきました。
すると大蛇が現れて母親の行く手を阻み
大変危険な目にあったのです。

それを知った役行者は母親の身を案じ
山の麓に庵を建て
そこに留まってもらうことにしました。

役行者の母親、白専女(しらとうめ)

さらに、これ以上自分の後を追わないようにと
結界を張りました。
これが現在も女人禁制として残っています。

旅の安全祈願をさせてもらいました

母公堂ははこどうから歩くこと約1.5キロ。
大峯山の入り口までやってきました。
行者服に着替えいよいよ修行開始です。
今回は山先達やませんだちの梶さんにお世話になります。

今回お世話になる山先達の梶さん

ちなみにここ洞川で
三代に渡り生活していないと
山先達やませんだちになれないそうです。

女人結界門

女人結界門

女人結界門を通り山に入ると
辺りが静かになり
冷たい空気が流れます。

ここから本格的な山道を歩きます

元々修験道は役行者が大峯山に籠もり
修行を重ね金剛蔵王大権現を
感得したことが始まりです。
感得というのは、
神仏への信仰が通じ
願いが叶うことを意味します。

それ以来約1300年もの間
大峯山での修行が行われているのです。
江戸時代には多い時で
1日に約1000人もの参拝者が
訪れたそうです。

登り始めて約1時間。
山道で休憩中の男性に出会いました。

休憩中の男性に声をかけさせてもらいました
河田
河田

おはようございますー!大峯山を登るのは何回目ですか?

男性
男性

何度も登ってるよ、行者講の当番やから。父親から引き継いだんで、かれこれ50年になるかなぁ~

くっすん
くっすん

50年も!?そして行者講ってなんです???

行者講とは大峯山へ参拝するグループのことで
地域の代表者が代参し
五穀豊穣などを祈願します。
昔は多くの地域でこの行者講
結成されたのだそうです。

行者講で大峯山を訪れる一行(写真提供 成瀬匡章氏)

男性に別れを告げてさらに登ります。
斜面が急で登るのは大変です。
くっすんはしんどいとか、
眠たいとか、腹減ったとか
いろいろごねておりますが
なんとか最初の山小屋に到着です。

最初の茶屋が見えてきました

一本松茶屋

すでに疲労困憊のくっすん

大峯山山上ヶ岳は
麓から山頂までの往復約12キロあります。

日没までに下山しなくてはならないので
普段よりも速いペースで登ります。

道が険しくなってきました
梶さん
梶さん

ここからは掛念仏を唱えながらいきます

くっすん
くっすん

「六根清浄」ですよね!

掛念仏とは「懺悔 懺悔 六根清浄」と
大きな声で唱えながら登ります。
日頃の行いを振り返りながら
六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)を
清めるそうです。

ちなみにこの掛念仏は
以前、鳥取の投入堂を目指す修行で
教えてもらいました。

登り続けること約4キロ、
次の休憩所が見えてきました!

茶屋が見えるとほっとします

洞辻茶屋

洞辻茶屋
土曜日と日曜日のみ売店が開きます

この洞辻茶屋では売店もあり、
ここで昼食をとられる方も多いそうです。

我々も麓から持参した
行者弁当をいただきます。

行者弁当(550円)

非常にシンプルなお弁当ですが
塩味のきいたおにぎりは
最高に美味しかったです!

行者弁当で元気を取り戻し
再び歩き始めます。
ここから世界遺産に認定されている
紀伊山地の霊場と参詣道に入ります。

世界遺産の道を歩きます

山に入って4時間半、
標高は約1550メートル、
ますます道が険しくなってきました。

ここは油こぼしと呼ばれ
雨が降った時に
油をこぼしたように滑りやすく
登りにくい難所です。

両手を使わないと登ることができません

油こぼしを登りきると
目の前にそびえ立つのは
鐘掛岩です。

鐘掛岩

鐘掛岩を登ることができないと訴えるくっすん

高さ約20メートルの崖を登る修行で
最大の難所の一つです。
ここは大変危険なので
先達さんが同行しないと
登ることができません。

くっすんはここで
自分がこの崖を登れない理由を
たくさん述べましたが
割愛させてもらいますね。

山先達の梶さんに鎖の持ち方、
足をかける場所、重心の移し方まで
丁寧に教えていただきながら
慎重に登っていきます。

時間をかけて慎重に登ります
梶さんが杖を使って足を置く場所を教えてくれています
鎖を持つ位置も重要です
登っていると徐々に霧が出てきて視界が悪くなってきました

下を見たら
足がすくんでしまいそうな高さです。
そして時折強く吹く冷たい風に
あおられながら
無我夢中で岩にしがみつき
上を目指します。

そして約15分かけて
なんとか登り切ることができました!
くっすんも恐怖に打ち勝って
安堵の表情を浮かべています。

なんとか登り切ることができました
くっすんもがんばりました

そしてここ標高1640メートルから
見渡す景色がこちらです。

標高1640メートルからの景色

360度どこを見ても山の緑が
広がっています。
我々が歩いてきた道のりは
木々に埋もれて全く見えません。
大自然のど真ん中にいることを
改めて実感します。

河田
河田

すごい景色やな~!!がんばって登った甲斐があるね!

くっすん
くっすん

本当にやって良かったです!今日はどうもありがとうございました!お疲れ様でした!

河田
河田

え?ここまだゴールじゃないよ

くっすん
くっすん

えぇーーーーーー!?うそでしょ!?ここゴールちゃうんですか!?めちゃくちゃや!!(涙)

決死の覚悟で崖を登ったくっすん、
ここがゴールだと思い込んでいたようです。

目指すのは山頂にある大峯山寺
ここからあと1キロほどあります。

険しい山道が続きます

麓からですと約6時間が経過しています。
西ののぞきと刻まれた岩をみつけました。

「西の覗」にたどり着きました

西の覗

ここは西ののぞきと呼ばれる行場。
1本の命綱だけを頼りに
約300メートルの谷底に身を投げ出すことで
仏の世界を覗き
雑念や煩悩を断つ修行です。

昔は1日に100人ほどが
この修行を行っていた時代もあるそうです。

昔は大勢の人たちがこの「西の覗」を目指して大峯山を登りました(写真提供 成瀬匡章氏)

先ほどまで晴天でしたが
いつの間にか霧に包まれ
風が強くなってきました。

私とくっすんも挑戦します。

体の半分以上を崖の下に投げ出します
両肩にかけたロープと両足を掴んでもらっています
絶叫するくっすん
崖の下から冷たい風にあおられます

二人共恐怖のあまり絶叫しましたが
なんとかやり遂げることができました~

無事に西ののぞきを終了すると
行者服にご朱印をいただくことができます。

ご朱印をいただきました

山頂まであとちょっと、
最後の力を振り絞り登ります。

山に入って約7時間、
標高1719メートルまで登ってきました。
やっと大峯山寺に到着です。

苦労して登ってきた人しかたどり着くことができません

大峯山寺

大峯山寺の本堂
本堂が開くのは毎年5月3日の戸開式から9月23日の戸閉式までです
大峯山寺
天武天皇元年(672)役の行者が苦行ののち、金剛蔵王大権現を感得しその御姿を桜の木に刻んで堂宇に祭祀したことに始まると伝えられる修験道の根本道場です。 ...

大峯山寺は飛鳥時代に役行者
金剛蔵王大権現を祀ったのが
起源とされています。

現在の本堂は1691年に再建され
重要文化財に指定されています。
日本一高い場所にある文化財です。

この大峯山寺にたどり着くまで
本当に過酷な道のりでした。
時には身の危険を感じながら
進まなければなりません。

普段の生活では使わないような
感覚を研ぎ澄ますことが
できたような気がします。

そして、我々はやはり大自然の中で
生かせてもらっているんだなあと
改めて感じました。

梶さん、ありがとうございました!

コメント

タイトルとURLをコピーしました