【総持寺】西国三十三所・第二十二番札所(大阪府茨木市)

西国三十三所巡礼

よくスポーツなどの勝敗に関わる局面で
「天下分け目の天王山」という表現を
耳にしますよね?

そんな天王山から歩き始めます。

天王山(標高270メートル)は
1582年に羽柴秀吉明智光秀を攻めた際
この天王山を占領したので戦いを有利に進め
光秀を討つことができたといわれています。

天王山

天王山(標高270メートル)

秀吉はその後
この天王山にあった山崎城を改修し
大阪城が完成するまでの本拠地にしました。

その天王山の中腹にある
宝積寺におじゃましました。

宝積寺

宝積寺の山門

宝積寺には秀吉が戦勝記念に建立した
立派な三重塔があるのですが
なんと一夜で建てさせたという話が
言い伝えられています。

さらに境内には
秀吉が腰を掛けたという石があり
「秀吉の出世石」と呼ばれています。
座ると秀吉のように出世できるそうですよ。

せっかくですので私も。

「秀吉の出世石」に座らせてもらいました

ちなみに宝積寺には
重要文化財の閻魔大王が祀られています。
目と目を合わせて
閻魔大王に心の中を見てもらい懺悔すると
心の汚れは消えるそうです。

左から、司録菩薩、倶生神、閻魔大王、暗黒童子、司命菩薩
恐ろしい表情の閻魔大王

天王山を下り西国街道を歩きます。
昔は都と福岡の太宰府を結び
西国の諸大名が参勤交代でも通る道でした。

住宅地の中の西国街道を歩きます

京都府大山崎町から
大阪府島本町に入りました。

すると見えてきたのが
大きくて立派な建物。
国産ウイスキー発祥の地、
サントリー山崎蒸留所です。

サントリー山崎蒸留所

サントリー山崎蒸溜所(大阪府)|ウイスキー蒸溜所見学
日本のウイスキーのふるさと、山崎蒸溜所。創業者の鳥井信治郎は日本人の繊細な味覚にあったウイスキーをつくるため、良質な水と自然環境にこだわって山崎の地を選び、蒸溜所を建設しました。工場見学(有料・事前予約制)のほか、テイスティングカウンター(有料)ではここでしか味わえない原酒なども楽しめます。JR京都線「山崎駅」、阪急京...

サントリーの前身は寿屋という会社で
1907年に赤玉ポートワインを発売しました。

この赤玉ポートワインの
シンボルが太陽のマークで、
太陽の「サン」
創業者鳥井信治郎さんの「鳥井」をあわせて
「サントリー」と社名を改めたのです。

サントリー創業者の鳥井信治郎さん
1907年に発売した赤玉ポートワイン

1924年(大正13年)から作られている
サントリーのウイスキー。
今もその製法は変わらないそうです。

蒸留釜の形で味が変わります
山崎12年と山崎10年
工場見学(有料)ではウイスキーの試飲ができます(現在はコロナの影響を考慮し見学は行っていません※2021年12月現在)

ウイスキーの試飲でほろ酔い状態ですが
先を急がなければなりません。

続いてやってきたのは水無瀬神宮です。
何やら大勢の人が集まっています。

水無瀬神宮

水無瀬神宮
水無瀬神宮の本殿

後鳥羽上皇に使えていた
水無瀬信成親成親子が
1240年に建立しました。

水無瀬神宮は美味しい湧き水が有名で
大阪府下では唯一の
名水百選に選ばれています。

湧き水を汲みに来られた人たち
「名水百選」に選ばれた水

この日も大勢の方が
湧き水を汲みに来られていたのですが、
江戸時代には茶人千利休もこの水で
お茶をたてたそうです。

スタート地点から約14キロ、
きれいに整備された公園にやってきました。
ここは高槻城跡です。

高槻城跡

高槻城跡

元々平安時代に建てられた高槻城ですが、
1573年に城主になったのが高山右近です。

高山右近は大変熱心なキリスト教を信者で
城内に天主教会堂を建設します。
宣教師ルイス・フロイスの記録によれば、
「大きな木造の教会堂と宣教師の宿舎を備え、
池のある美しい庭園の一角には

大十字架が建てられた」
ということです。

キリシタン大名、高山右近像

江戸時代に入ると
キリスト教を信仰することが禁じられ
右近は国外追放されます。
1615年にはマニラに渡った右近
ほどなく病死します。

一国一城の主にまでなった
右近の最期は
とても寂しいものだったのですねえ。

高槻城跡を後にし
高槻市内を歩き続けます。
少しずつ日が傾いてきました。

高槻市内を歩きます

天王山から歩くこと約14キロ、
夕陽に照らされた総持寺の本堂に到着です。
総持寺の御本尊は千手観音菩薩なのですが、
亀の上に立っておられる珍しい千手観音です。

総持寺

山門をくぐると夕陽に照らされた本堂が見えてきました
総持寺の本堂
  • 宗派  高野山真言宗
  • 開祖  中納言藤原山陰
  • 創建  890年
  • 御本尊 千手観音菩薩

平安時代の貴族だった藤原高房はある時
淀川の橋のたもとで漁師たちに捕らえられた
亀を助けてやります。

亀を助ける高房

その翌日、高房と高房の子山陰
舟に乗って出かけるのですが
その時に山陰が誤って
船から転落してしまうのです。

舟から落ちてしまった山陰を探す高房


全く姿が見えなくなってしまった山陰
すると昨日高房が助けた亀が
背に山陰を乗せて現れたのです。

亀に乗って戻ってきた山陰

息子の命を救った亀に感謝した高房
これを機に仏像をつくろうとしましたが他界。
その意思を受け継いだ山陰
亀の上に立つ千手観音像をつくり
その仏像を御本尊とした
寺を建立しました。
それが総持寺なのです。

秘仏の千手観音菩薩(毎年4月15日~21日に開帳)
亀の上に立っている千手観音はとてもめずらしいそうです
住職
住職

我々は生き物の命をいただいて生きています。そんな感謝の気持ちを込めて境内の池に生き物を逃がしにこられる方もいるんですよ。

河田
河田

そういえば、以前僕たちも歩いてる時に道で亀をみつけて池に逃がしてやったことがあります

くっすん
くっすん

その時のお礼をまだいただいていないのですが…?

住職
住職

今日ここまで無事に歩いてこられたのがそのお礼なのかもしれませんね。

ご住職のおっしゃる通り
元気に歩けていることに
感謝しなければいけませんね。

総持寺の御朱印

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